guchu guchu pay

使命感的な何かが湧き上がってきたら更新するブログ

宝ヶ池の「恋はマグネット」

記憶が新鮮なうちに書いときます。

カントリー・ガールズライブツアー2016春夏」こちらにおじゃまして来ました。*1

今年に入ってからは「社会の歯車的事情」で思うような現場参戦もままならず、年に一度の中野詣で*2であるハロプロ研修生春の公開実力診断テスト」すら断念せざるを得ないという地獄の苦しみも味わいました。一時期は自暴自棄になってしまい、飲めない酒を浴びるように飲んでみたり「つばきファクトリー」関連のDVDをヤフオクで落としまくってみたりと荒れた生活に身を落としたものでしたが、何も獲って食われるわけじゃなし、ヌーの大群に囲まれて全身ベロンベロンに舐め回される事を思えば取るに足らない瑣末な話と、ドーピング気味にポジティブ思考をアクセルベタ踏みフル回転すればこれ、不思議なもので幾分気持ちも安らいだ次第です。

とか、そんな魂の遍歴なんかはどうでもよくて、カントリーのライブに行ってきたという話です。

「気絶」大阪公演中止と「いなばっちょ」の離脱

暗闇に射す一条の光のごとく、今年上半期最大のお楽しみとして今や遅しと待ちわびていたのが、カントリー・ガールズ主演ミュージカル演劇女子部「気絶するほど恋してる!」大阪公演だったわけですが、事情通の皆様ならすでにご承知の通り、このような事態になってしまいました。

何せ「公演中止」ですからね、異常事態なわけです。一人や二人欠場したところで何食わぬ顔でシレッと強行するのが銭ゲバアップフロントクオリティだと思っていましたが、ライブと違ってお芝居となるとそうもいかない。しかも、このお芝居における中心的人物、主役である「寛子」役を演じていた稲場愛香の活動休止にともなう緊急処置となれば、さすがに「キソラ」で代役というわけにもいきません。

小関舞の「声帯結節」、山木さんの「マイコプラズマ感染症」、嗣永PMの「声帯ポリープ」、森戸知沙希の「赤面症」など、これまでも病気が理由でイベントやライブ活動に制限がかかる事はあったものの、今回の稲場愛香のように「喘息再発による治療専念」という復帰時期がいつになるやらわからない重い事態ではありませんでした。それだけに過去の事例と照らしあわせて不穏な憶測を呼び込みがち、ビクビクしがちではあるのですが、現在更新された最後のブログ記事を信じて彼女の復帰を待つよりほかないという状況なのです。

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稲ばっちょに関しては「マッシ」やなんかと一緒にハロプロ研修生19期としてお披露目された頃からは想像だにしなかった「ハロプロミュージカルの主役」抜擢という、まさに赤羽橋ドリームを体現したような立身出世の人という印象が強くあります。

研修生当時から噂を聞きつけたハロプロ正規メンバーの耳目を集めるほどの「ダンス」巧者ぶりを発揮していたとはいえ、はっきり言ってしまえばスタイルが良いわけでも顔面偏差値が高いわけでも歌が飛び抜けて上手いわけでもない、一見ただの「雪見だいふく」に過ぎなかったわけです。しかし、それを補って余りあるほどの「声の可愛さ」だったり「表情の上手さ」だったり、男心をくすぐる「アザ可愛いらしさ」はもちろんの事、時に道化も演じられるユニークな一面も合わせ持ち、何より人を惹きつける「愛嬌」に秀でていました。最近のアイドルとしては決して若くない年齢でのカントリー・ガールズメジャーデビューから今日まで、近年稀に見る脅威の伸び率を見せたのが稲場愛香という人だったと、こう思うわけです。

その類まれなる「タレント性」のみならず「歌唱面」での明らかな成長ぶりや、自炊による徹底した体重管理によって適度な「だいふく」感を残しつつ以前と比べて幾分すっきりしたスタイルを維持するなど、本人の向上心とたゆまぬ努力が実を結んでの(カントリーのお家事情的な問題や演技力的な問題はあるにせよ)ミュージカル主演抜擢だったと思うわけですね。一概に言えなくとも、やはりお芝居の主役というはグループのエース的立場の人間がやるもので、それがハローにおける昔からの習わし。そういう意味では色々あってエース不在でここまでやって来たカントリーにとって、ついに来た「ばっちょエース時代」の到来を思わせるエポックな出来事と言えました。

何というか割りとアイドルグループにおけるメンバーの立ち位置って「ハロプロ」に限らず最初の段階であらかた決まってるようなところがあるじゃないですか。にも関わらず、かつて「9期オーディション」で勝者と敗者に分かれた鞘師里保を「ハロステダンス部」でセンターの座から引きずり下ろしたり、カントリー・ガールズ結成当初には考えられなかった今回のミュージカル主役抜擢だったり、次々とその常識を覆していったところが「ばっちょ」の凄さであり、後進にも希望を抱かせるような存在にまで上り詰めたという思いを強く抱いていたわけです。

2014年の「春の公開実力診断テスト」稲場愛香はフリフリ衣装のアイドル歌唱でスマイレージの「スキちゃん」を歌いました。審査員「みつばちまき先生」からは「もう高校2年生になるんで…、可愛いのはずっと見てきたから、ちょっとワタシ的にはカッコ良いの見たかったんだなー」という苦言が呈せられます。当然これ「まき先生」からすればダンスの実力を見てほしいし、そのカッコ良さも知ってもらいたいという親心から出た発言なのでしょう。

しかし、あえて得意のダンスは封印し、カッコ良さよりも可愛らしさに重点を置いたパフォーマンスを見せる事によって「ダンスだけじゃない稲場愛香の新たな魅力」を広く内外にアピールする事に成功したように思うのです。あれで山ちゃんがアップフロント首脳陣が「僕は稲場愛香ちゃん!」となったかどうかは知りませんが、結果的にその年の秋に「カントリー・ガールズ」は始動し、そのメンバーに稲場愛香は選ばれました。

9期オーディション3次審査落選。地元北海道のローカルグループ「PEACEFUL」*3としての活動と解散。ハロプロが地方在住者に大きく門戸を開いた2013年に北海道研修生第1号としてハロプロ研修生に加入。そこから一年余りの研修期間を経てようやく辿り着いたこのロングアンドワインディングロード。自分自身でアイドルの道を切り開いてきた、そんな人物であり、これからもそうであって欲しいと心から願っています。

本来ならばこの「気絶するほど愛してる」大阪公演を経て、返す刀で始まる予定だったのがカントリー・ガールズライブツアー2016春夏」と、こういう事だったわけですが、その背景をサラリと振り返るつもりが薄々お気づきのとおり、このように「いなばっちょ」への熱き思いのたけを長々と書いてしまうという事態に陥ってしまいました。

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 さて、そんな「ばっちょ」への思いを胸に、ようやく本題に入ります。

京都市営地下鉄国際会館駅

今、チケットの半券を確認したので間違いありません。2016年6月19日(日曜日)に行われたカントリー・ガールズライブツアー2016春夏」京都FANJ夜公演、これを見てきました。この京都FANJなるライブハウス、京都市内でも北の果て、地下鉄の終着駅である「国際会館」が最寄りの駅となっています。だからと言って「国際会館」カントリー・ガールズがライブしたわけではありませんよ。それはまだまだ先のお話です。

ちなみに「国際会館」こと「国立京都国際会館」ってのは、地球温暖化対策として二酸化炭素などの温室効果ガス排出量削減目標なんかを取り決めた、あの京都議定書が採択された事で有名な場所なんですね。ご存じ無いかもですが。で、本来そんな「国際会議」が行われるような場所ですから、何がしかの国際会議に出るような立場の人間でもない一介の小市民にとっては一生行くことの無い、一生降り立つことなど無いはずの駅だったわけですよ「国際会館」なんて駅は。

にも関わらず昨年の秋から、またまた何回目よ何回目という勢いで通っちゃってる。何故なれば、そこに京都FANJがあるからです。ざっと半券を調べたところ昨年11月のJuice=Juice、今年5月のこぶしファクトリーに続いて今回で3回目でした。すぐそこに比叡山がそびえ立っているような、そんなロケーションのライブハウスです。かつて僧兵がウロウロしてたような場所で「やなみん」が歌い踊るわけですからねこれ。

ホールコン主体のモーニング娘。℃-ute、ゼップ椅子ありの「研修生発表会」を除けば、ここ数年の「ナルチカ路線」によりライブハウスでのオールスタンディング形式がすっかり定着してしまった感のあるハロプログループの単独ライブ公演。ステージの高さや客席の構造などは各ライブハウスによって当然異なるわけで、おのずと見えやすい見えづらいなんかの優劣がついてくる。ライブハウス公演の何が一番恐ろしいかって整理番号によってはステージが全然見えないなんて事態も起こりえる、そういうヤバさがあるわけです。

メンバーの身長が軒並み低いことでお馴染みの「カントリー・ガールズ」ですが、今回のライブハウスツアーからは新メンバー梁川奈々美船木結も加わって、その傾向に一層拍車がかかるという始末。オールスタンディング向きとはお世辞にも言いがたいグループなわけですよ。船木が全く見えないなんて事にでもなれば、そりゃもう一生の不覚。

この「ステージが見えづらい」という部分がネックになってオールスタンディング公演を回避する向きもあるかと思うんですが、ここ数年の「ナルチカ路線」を経験してたどり着いた結論としましては、やはりこれ身も蓋もない話「整理番号」が全てであるという事です。そりゃ若い番号に越したことはありませんが、各ライブハウスによって「満足が得られる景観」を確保出来る「整理番号」もまた違ってくる。これはステージの高さだったり、客席の構造がフラットなのか傾斜や段差があるのかによっても当然変わってきますし、もっと言えば自分自身の身長やシークレットブーツの高さ、動きや体のデカイ奴が視界に入り込まないようなポジショニングの読み、挙動のおかしな奴から距離を取る危機回避能力の高さなんかも要します。つまり、同じ整理番号100番であったとしても「奈良ネバーランドと「梅田クラブクワトロ」では天と地ほどにお客様満足度も変わってくる。各ライブハウスによって整理番号の「損益分岐点」みたいなものも違ってくるわけです。そこの見極めが重要となってくる。

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 アイスは食べても食べ過ぎない!

さて、ようやく本題に入ります。そういったオールスタンディング公演のノウハウを駆使すれば、過去2回も入ったことのある「京都FANJ」ですから予習はバッチリ出来ている。ここはステージの高さは普通なのですが、客席がフラットでだだっ広く整理番号によってはかなり見えづらい事になる。ふな汁顔面浴び放題の良番とまでは行きませんが、ヤフオク的なやつで熟考の末に叩き落とした整理番号は概ね良いラインを突く、まずまずの視界を確保するものでした。おまけにメンバーが回替わりでソロトークを披露する「MCコーナー」の担当が森戸ちゃんというラッキーにも恵まれ「アイスを食べ過ぎたら肌が荒れちゃったんだよ!」みたいな話を延々聞かされた挙句、最後には何故か「アイスは食べても食べ過ぎない!」という標語を「森戸党決起集会」さながらヲタ全員が復唱させられるという素敵なアクシデントにも見舞われました。つまりこの、端的に言うと悦楽の時を過ごすことになったのです。

狼の一人スレからお借りしたセットリストはこちら

01.恋人は心の応援団
02.キスより先にできること
MC 自己紹介
03.新しい恋の初デート
04.恋はマグネット
05.Bye Bye 最後の夜
06.わかっているのにごめんね
MC
07.VIVA!! 薔薇色の人生
08.リズムが呼んでいるぞ!
MC
09.アンブレラ 嗣永・森戸
10.アイスクリームとMyプリン 山木・小関・梁川
11.ガラスのパンプス 山木・森戸・船木
12.大人になるって難しい 嗣永・小関・梁川・船木
13.グルグルJUMP
MC
コール&レスポンス
14.妄想リハーサル
15.ブギウギLOVE
16.浮気なハニーパイ
17.恋泥棒
18.革命チックKISS
アンコール
19.ランラルン~あなたに夢中なの~
20.愛おしくってごめんね

 昨年の秋冬ツアーでやっていた「二人の北海道」「女の子の取り調べタイム♥」という旧カントリー娘。時代の2曲がセットリストから外れてしまったのは個人的に凄く残念だったのですが、その分「梁川・船木」加入後の新曲が増え「カントリー・ガールズ」オリジナル楽曲も随分と多くなってきました。これはもう「アイドルもういっちょ!」の黒メガネ氏の言うとおり「アルバムまったなし!」「浮気なハニーパイ最高!」という状況のようです。

ツアーも終盤戦という事で、そんな新曲にもバッチリ対応してコールやフリコピなんかも完璧に仕上がっており、その様子からは相当数のリピーターが詰めかけている事も窺われました。客席の乗りとして感じた事は、とにかく「ハローのスタンディング」は踊りたくて仕方がない「フリコピ中毒」みたいな人たちが少なからずいるという事です。確実に家で練習してきてるレベルのやつです。「グルグルジャンプ」のサビで回りだした奴を見た時は懐かしさとともに「お前どんだけスペース確保してんだよ」という思いが一瞬頭をよぎったりもしましたが、日常から開放されカントリーのライブを心の底からエンジョイする「おっさんの弾ける笑顔」を見てしまうと、これもう、なんだかんだ許してしまうのでした。

山木さん率いるセクシー小隊による「アイスクリームとMyプリン」やら、モモイレージの「大人になるって難しい」といった味な選曲のシャッフルコーナーも印象深く、会場の盛り上がりという点では「グルグルジャンプ」も確かに凄い。時に「オイ!オイ!」時に「フー!フー!」時に「フワフワ!」と会場に木霊するヲタコールの嵐。会場が一体となって楽曲を盛り上げる、積極的にヲタが楽曲に絡んでいく、楽曲にヲタの息吹が吹き込まれる事によって新たな魅力が引き出され、そこで初めて「ハロプロ楽曲」として完成の域に達するような所があったり無かったりする。これもまたライブならではの醍醐味といえるでしょう。

そんな中、ヲタの介在を一切許すことなく超然と異彩を放っていたのが恋はマグネットという曲でした。

視線そらして また追いかけて 恋はマグネット

今更ながらの話ですが、オールディーズやロカビリーといった古き良きアメリカンポップスの流れを汲むカントリー・ガールズ楽曲群にあって、発表当初から「90年代のアニメのエンディング風味」という世代的にピンとこなければ雲を掴むような評価のされ方をした、あの「恋はマグネット」の話です。

ネットやなんかでは散々見聞きしていたものの恋はマグネットを実際に生で見たのはこの日が初めてでした。特に思い入れがあるわけでもなくボンヤリと構えていたところ、例の曲初めのフレーズ「目覚める第六感で撃ちぬいて」で拳銃を構える仕草から涼やかな表情でトリガーを引く森戸知沙希の凛とした立ち姿に見入ってしまったのが運の尽き、そのままフラフラと心を撃ち抜かれ「視線そらして、また追いかけて」を繰り返しながらスッカリ曲の世界に引きずり込まれてしまいました。いわゆるヲタコール的な喧騒も無く、先程までフリコピに執心していたようなヲタも軽く手振りでユラユラと南斗水鳥拳の構えを見せるのみ。ステージ上で繰り広げられるノスタルジックな世界に引きこまれ、時を忘れて立ちすくむ不思議な展開を見せます。曲が終わって会場を包む拍手の音でようやく現実世界に引き戻されるような感覚。何というか夢見心地で見入ってしまったわけです。

アイドルに限らずライブにおいては会場が「盛り上がる曲」こそが良い曲であるかのような風潮が少なからずあります。これは別に間違ってるわけでもないのですが、だからといって盛り上がる曲ばかりというのも何だか芸が無い。じゃあ、とばかりに聴かせるバラードを歌い上げるなんてのも、これまた良くある話で。アイドル楽曲も様々な作家陣が参入した近年では洋邦問わずあらゆる時代や音楽ジャンルからアイデアが引っ張りだされ、アイドルと名が付けば何でもあり状態の実に幅広いものとなりました。メタルを歌うアイドル。ターンテーブルを操るアイドル。かっこ良くラップをキメるアイドル。つまり「こ、こ、からだ、行くぜ、つばき、ファクトリー!イェー!」な事になっている。

そんな中、あらゆる音楽を飲み込んだ現代の「アイドル楽曲」にあって、まだ手つかずでこんな秘境が残されていた事にまず驚かされます。音楽の流行り廃りが目まぐるしく様変わりする中で、いつしか人々の記憶からも遠のき、すっかり時間の隙間に取り残されたようなこの「90年代のアニソンのエンディング風」という穴場スポット。

しかしながらこの「恋はマグネット」を作曲したばかりか、なおかつ編曲まで手がけた最重要人物、渡辺泰司氏によると取り立てて「90年代のアニメのエンディング」を意識したものではないらしく、あくまでもこういう事のようなのです。

音的な狙いは概ね予想された時代のテイストに相違なく、さらに懐古胸キュンメロディーまで乗っけられちゃったとて、この90年代アニメのエンディング風味というピンポイントで我々の心に迫り来る感覚を解明するまでに至りません。その謎を解く鍵を握るのはYASUSHIの言うとおり、その秀逸な「歌詞」にあるのではないか!そんな感じの結論にようやくたどり着きました。

作詞を担当したのは「J-POP」はもとより「アニメ」や「ゲーム」関連でもプロフェッショナルな実績を持つ作詞家「井筒日美(いづつひみ)」という方でした。

昨年発売された「アンジュルム」のセレクションベストアルバム「大器晩成」初回生産版Aに収録された「涙は蝶に変わる」が初のハロプロ仕事だったらしく、これまで余り馴染みはありませんでしたが「ASAYAN」以来のハロプロファンという本人による詳しい解説はこちら。

himi216.exblog.jp

もはや「アーティスト」自ら作詞するのが当たり前みたいになってるこの時代に、プロの「作詞家」で飯が食えてる人の書く「歌詞」ってのは何つーか、やはり良いもんです。これ嫌味でも何でも無く、もし「福田●音」がこれ書いてたら一夜にして評価が一変するほどの、花王名人劇場に出た次の日の「B&B」みたいな事になるレベルのやつですよ。

急な坂道 後ろ歩きで ふざけあい

ミニチュアの街 見下ろしたっけ

友達以上? でもそれ以上 進めずに

惹かれてくほど 反発しちゃう

 何ここ良すぎだろ!これこれこれ、こういうやつ「●●花●」ちゃんは、この部分5万回写経するように。

冗談はさておき、年長組3人がメインとなり比較的アダルトな印象のある恋はマグネットですが、あらためて歌詞を見直してみると、これ別に「大人の女性」の歌ではない事が分かります。どちらかと言えば「大人に憧れている」ような「背伸びした女の子」が主人公の歌です。だからと言って船木が背伸びしたところで物理的には大した事ないわけですが、この曲のパフォーマンス面で重要な「大人っぽい表現力」させたらホンマどえらいもん魅せてくるので注意して下さいよ。

恋はマグネットというぐらいですから、ご多分に漏れず当然「恋愛」がメインテーマとなります。恋に前のめりになってる「女の子」とは対照的に、どちらかというと男子の方は「恋に奥手」というか、やや「恋に鈍感」なところがあるようです。同年代でも男子より女子のほうが一歩先んじて「大人の階段」登っちゃうようなところがありますもんね。多分男子は家で毎日「プラモデル」とか作るのに夢中なんでしょう。タミヤの戦車のやつですきっと。

フワリくちびるに そっと触れたい

触れたいだけで、これ決して触れてるわけじゃありません。

きっかけをあげたのにドギマギと Follin`LOVE

そんな君の照れた素顔に♥(ラブ)

 この野郎は、きっかけもらっといてドギマギと照れてるだけかよ!

弾ける第六感で 抱きしめて

抱きしめているわけでも、抱きしめられているわけでもありません。

止まない第六感で つかまえて

 つかまえられてもいないのです。

ラインだ、SNSだと何かと便利なこの時代。得たものもあれば失ったものもまた多い。

何でしょう。黒電話で行き来するようなこの恋のスレ違い。

もどかしくもあり、愛おしくもある。

「由美ちゃん…。」「太陽くん…。」的なアレですよ。

この感覚はもしや、そう!

90年代アニメのエンディング曲みたいな世界観!!

と、わりと強引に結論付けて、このまま足早に終わろうかとも考えたのですが

この「背伸びする女の子」が主人公という解釈に基づけば、あの夜「京都FANJ」で見た恋はマグネットで終始一貫森戸知沙希船木結を中心とした緩やかな軌道を追いかけていた俺の選球眼もあながち間違ってはなかったわけです。この曲の間奏部分で、この2人がスッと前に出て来てキレ良くダンスを踊った場面が頭の中を駆け巡り、ライブが終わってから握手もそこそこに見たわけです。再度確認が必要だったもので見たんです。YOU!tubeの恋はマグネットMV動画を。

当然お気付きの通り、そこにはキレキレでうねり踊る、かつてアレほどまでに「みつばち」が待ち望んだ、あの「カッコイイ」稲場愛香のソロダンスが!

これをまだ生で見れてない事に愕然として、苦いコーヒーを飲んでは切なさを噛みしめる日々なのです。

www.youtube.com

*1:このような速報ライブレポさながらの一文を書いておきながら、以下の続きを書き始めるまで気がつきゃカレコレ1ヶ月以上もの月日が流れていたわけです。明日やろうは馬鹿野郎は何処のどいつだい!という誠に残念な話ですね。

*2:仲野りおんの「ヤッタルチャン」を生で鑑賞するという「ありがたみ」なんかも含めて

*3:このグループに稲場とともに参加したメンバーの一人が佐藤優樹の友達だったことから、対抗心を燃やした佐藤が10期オーディションに参加して本当に合格してしまういう玉突き事故みたいなエピソードは割と広く知られています。

ドラマ「武道館」が僕たちに教えてくれた事 (中)

ネット時代を生きるアイドルの裏側を「リアル」に描いたとされるドラマ「武道館」でしたが、物語は最後の最後で「リアル」を飛び越えてしまい、近未来に訪れるであろう「アイドルの価値観」が大変貌を遂げた世界という壮大な「ファンタジーによって幕を閉じます。まさにこの「ファンタジー」の部分こそが製作者サイドが僕たちに伝えたかった重要なメッセージだったんじゃなかろうかと、このように考えるわけですね。

ドラマ「武道館」が僕たちに教えてくれた事 (上) - guchu guchu pay からの続きになります。

アイドルの価値観が大きく変わったという「12年後」の世界。その事を暗示するのは「NEXT YOU」公式ホームページ上に書かれた例の天才カリスマプロデューサー氏からのメッセージ。

昔は、恋愛くらいでアイドルは卒業を迫られたんですよ(笑)今はそんなこと全然考えられませんね。

 ドラマ「武道館」では、まさに「愛子」と「碧」の2人が恋愛沙汰をスッパ抜かれたことにより武道館公演を目前にしてグループからの脱退を迫られてしまう。そんな考えもう古い、もうダサいとばかりに鼻息荒く主張するのが我らが朝井先生なのです。

朝井:ぼく個人としては、アイドルが恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもいいんですよね。それはどういうスタンスでアイドルを見ているかにもよると思うんですけど、ぼくが典型的なスキル厨(註:歌やダンスのスキルやクオリティーを重視するファンのこと)だからなのかも(笑い)。おださく(註:モーニング娘。’16小田さくら。歌唱力や表現力に定評がある)が大好きで。多分、おださくが好きな人は、「恋愛禁止」ということにあんまり興味がないような気がしていて。
 それは結局アイドルに何を求めるかっていう話なんだと思います。ぼくの場合は、自分の人生の何か足りないところをアイドルに満たしてもらおうとはあまり考えていないので、アイドルが恋愛しているかどうかはあんまり関係ない。ただ素晴らしいパフォーマンスが見られればそれでいい、という考え方なんですよ。

前回と重複してしまいますが、ここはゼッタイに外せない重要な箇所なので「重複致し方無し」の方向性でやらせさせてもらってます。

朝井氏の理論武装

世に言う「キモヲタ」と距離を置き、自らを典型的スキル厨であると主張する朝井氏の言い分が、譜久村聖ちゃん言うところの「聖そういうのじゃないもん……」的なやつなのかどうなのかは意見の分かれるところですが、つまり「アイドルのパフォーマンス」を重視してる僕のような「典型的スキル厨」は「アイドルの恋愛禁止」とかには興味が無いし「ただ素晴らしいパフォーマンスが見られれば」別にアイドルが恋愛してようがどうでもいい。しかし「アイドルに自分の人生の何か足りない部分を満たしてもらおう」とか考えてる連中はそうでなく「アイドルは恋愛するな」「ブランド品のバックは持つな」「アレするなコレするな」と主張ばかりしてアイドルを縛り付けている。コレ由々しき問題ですよ!といった持論を展開しておるわけです。人がどんな「アイドル観」を持っていようが自由だし、そんなもん違っていて当たり前だし、基本どうでもいいのですが。

 おださくが好きな人は、「恋愛禁止」ということにあんまり興味がないような気がしていて。

この小田ちゃんのくだりはいただけません。コレ由々しき問題です。これはもう単なる「テメーの女の好み」の問題にすり替わってしまっています。ルックスの好みは十人十色「ハロヲタ」ならば尚の事でしょう。そんなもん主観によるだろうとね。しかし、この主観こそが「アイドルの恋愛」に対する「ファンサイド」からの答えそのものなんじゃないかという事を図らずも朝井氏自ら証明してしまっているようにも思うわけです。

ここで朝井氏は「小田さくらは歌唱力や表現力に定評があるメンバー」だから「アイドルを見るスタンスがパフォーマンス重視の典型的スキル厨」である「小田ちゃん好き」の僕たちにとって「アイドルが恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもいい」と強引に結論づけてしまっている。もはや日本のどこかで小田ちゃんを見て性に目覚めちゃった小学生男子(高学年)がいるかも知れないという可能性すら完全否定です。これってつまり朝井氏が「小田ちゃんが恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもいい」というだけの話であって、アイドル全般の話にするから何かおかしな事になる。

たとえ「アイドル」であっても、それが「ハロプロメンバー」であっても自分にとって取り立てて関心がなければ、それが誰であろうとも「ビックリするくらいどうでもいい」事だし「まあ冷静な俺たち」でいられるわけです。

おださくが好きな人は、「恋愛禁止」ということにあんまり興味がないような気がしていて。

じゃあ誰が好きなら「恋愛禁止」に物凄く興味があるというのですか。その辺りのデリケートな部分に無頓着でいられなくなっている「恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもよくない!」のは誰のファンだというのでしょう。小田ちゃんならどうでもいいけど誰ちゃんだったらどうでも良くないんだよ!!

言いましょうか。ズバリ当ててみましょうか。

 それは森戸知沙希ちゃんです!

そうです。稲場っちょ言うところの「ちーたん」梁川やなみん言うところの「もぎとさん」すなわち、あのカントリー・ガールズ森戸知沙希さんです。 違いますか!おそらく図星でしょう。手元の資料を調べたところ小田ちゃんのビジュアルイメージの対極に位置するのが森戸ちゃんという事になっています。コレ間違いない。何と言っても今一番「アイドルオーラ」全開でこの世に生息しているのが森戸ちゃんなのです。もう何をやっても可愛らしい事になってしまうという「可愛さのスーパーリーチ状態」ですからね森戸ちゃんは。 マリオカートでスター取って点滅している時のアレみたいな状態じゃないですか。いやーお察しします、森戸ちぃちゃん可愛っすもんね~朝井先生。

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ドラマ「武道館」の中のアイドル

いくらなんでも決め付けはいけません。森戸ちゃんがアイドルオーラ全開でこの世に生息しているのが例え事実であったとしてもです。話を本題に戻しましょう。

アイドルと一括りにするには余りにも「アイドル」が多すぎる時代。高校野球で甲子園を目指してるやつも、地方予選でまず1勝する事が目標のやつも「高校球児」には変わりないわけで、第一志望が「筑波大学」であろうが「つくば国際大学」であろうが「受験生」に違いないのごとしです。つまり「アイドル」と一括りするには「アイドル」が多種多様な形態に増殖しすぎてとらえどころがなくなってしまっている。ハッキリ言って「名乗ったもん勝ち」みたいな状態ですからね今。そんな時代を評して「つんくボーイ氏」はBerryz工房の楽曲普通、アイドル10年やってらんないでしょ!?の冒頭の歌詞でこのように言い放っています。

www.youtube.com

猫だって杓子だって

名刺を作れば即アイドル

世界でもまれに見る

特殊な職業Jアイドル

  この後に続く歌詞には「アイドル」である事の大変さと、それでも10年以上に渡って「アイドル」を続けてきたBerryz工房へのリスペクトとともに、プロデューサーの立場から長年アイドルを見守ってきた「つんくボーイ氏」なりのアイドル観みたいなものが散りばめられています。

簡単そうに見えちゃう職業

バイト感覚じゃ続かないから

土日も全部ささげてきたよ

好きなことだって仕事となれば別腹だよ

何も恋愛禁止がどうたらとか「アイドル」がらみで取り上げられがちなキャッチーな話題だけでなく、プロとして活動していく以上どうしても「普通の若者」にとって当たり前と思われる事すらままならなくなってしまうという状況も生まれてくる。

℃-uteがメジャーデビューで忙しくなった時期と重なり「修学旅行」に行けなかったという岡井千聖。「Berryz工房」のコンサートと日程が重なり泣く泣く第一志望だった大学の受験を諦めたという嗣永桃子。「仕事」と「学業」を両立出来るほど器用なタイプではないと悩んだ末に進学を諦めた真野恵里菜矢島舞美。これらは氷山の一角に過ぎないのでしょう。

そして一生に一度きりの「成人式」がハロコンとバッティングしてしまった「アンジュルム」のリーダー和田彩花は自身のBLOGで「成人式に行けなかったことは、、生涯、根に持ち続けます。笑」と事務所批判ギリギリアウトの勢いで思いの丈をぶちまけました。

その文面からは悔しさが(念入りVr.で)ほとばしっています。朝井氏が思い描くドラマ「武道館」の世界ならばアイドルを消費するヲタクたちから「アイドルは人間じゃないんだから当然だ!」なんて鬼のような反応が浴びせかけられるのでしょうが、実際はそんな事などありません。例えアンジュルム目当てでハロコンに来たような層であったとしても、むしろ「あやちょ」個人のファンならば尚の事「いやこれ…行かしたってやれよ…」と心を痛めたのではないでしょうか。しかし、それでも彼女はステージに立つことを選択しました。そしてまた後輩たちには同じ悔しさを味わってほしくないという思いをこのように書き綴っているのです。

このお仕事してると周りの方に、
成人式などの行事に行けない、それが普通だなんて、よく言われます。でも、それが普通だなんて、誰が決めたんだろう。って私は思います!それが普通っていう言葉通りに、私たちは、人生でもたった一回の、成人式を犠牲にするわけです。
人生一度きりなのにー。


私は、日々の自由を取り返したいわけではありません!それは、犠牲にしています。
でも、、人生たった一回の成人式まで犠牲にしなくていいと思うんです!


だから、この状況が少しでも変わればいいな。って思います。二期、三期のみんなが成人になって、成人式に出られるような環境になればいいな!


ただそれだけです(^^)

 

バイバイ

この「あやちょ」渾身のBLOGが読む人すべての心を動かし、アップフロント山﨑会長の心までをも動かし、来るべき12年後アンジュルム13期候補生大募集!!」と題されたホームページ上で若い頃の染髪や奇抜なヘアスタイルの影響からかスッカリ禿げ上がった「つんくボーイ氏」によるこんなメッセージが。

昔は、ハロコンくらいでアイドルは成人式に参加出来なかったんですよ(笑)今はそんなこと全然考えられませんね。

 と、なっているかどうかは仏様のみぞ知るところですが。

人生たった一回の成人式まで犠牲にして「ハロコン」のステージに立った和田彩花と「武道館」のステージに立つ事無く「NEXT YOU」を脱退した日高愛子にどのような違いがあったのか。誰の為に、何のために「アイドル」としてステージに立つのかという部分に決定的な違いがあると感じるのです。愛子は「謝罪会見」の冒頭で自分が何故「アイドル」になったのかを話しています。

小さい頃から歌って踊ることが大好きで「アイドル」になりました。

たくさんの人の前で歌ったり踊ったりするのは本当に楽しかった。

けど、段々してはいけない事が増えてきて

誰かの頭のなかの自分を生きてるような…、そんな気がしてきたんです。

それは私のなりたい私じゃなかった。

 で、この後にこう続くのですが、

そんな時私の事を好きって言ってくれる人の気持ちにだけ答えたいって思っちゃったんです。
ごめんなさい、武道館のステージに立つ前に私はアイドルではなくなってしまったみたいです。

 ドラマではその辺の描き方が甘すぎて分かりづらくなっているものの「大地」うんぬん以前の問題としてすでに愛子自身が「アイドル」である事の意味を見失っているんですね。自分が成りたかった「アイドル」ではなく、誰かが頭に思い描いた「アイドル」を演じさせられていると感じてしまっている。「アイドル」をやらされてるという思いに駆られている。じゃあ「誰」の頭の中に描かれた「アイドル」をやらされてるのか。

原作者の朝井氏は現代のアイドルが置かれている「ある種異常な現状」に警鐘を鳴らすべく「武道館」を書き上げたと訴えます。

アイドルを取り巻く価値観は動き続けていると感じます。握手会で会えるアイドルが最終形態ではなく、きっとこれからも変わっていく。その前に、ある種異常な現状を書きとめておきたいという気持ちはありました。それに、今後価値観が変わっていくなら、アイドル=人間だという価値観に辿り着いてほしいなと思うんです。今は消費者側がどんどんワガママになっていて、アイドルに対して、「かわいくいろ、若くいろ、だけど恋愛をするな」「たくさん歌え、踊れ、訓練しろ、ただ疲れても食べるな太るな」といった、人間には両立できない要求を突きつけているんですよ。「人間」にはできないだろう、だけどお前は「アイドル」だからできるよな? と。この本の大部分は、そうしたアイドルを消費する人たちに向けて書いているとも言えますね。

原作者から見た「アイドルの現状」ってのはこうらしいです。今アイドル界ではこんな「昭和の総会屋」みたいなヲタクが跋扈して「アイドル」を肉ラジコンのごとく操っている「リアル」が存在しているというのでしょうか。ほぼ「ハロプロ」周辺をチェックするだけで手一杯になっているとはいえ俺にはそうは見えません。「アイドル」がロボットなんて昭和時代の話でしょうに。

つまり「愛子」は人間として自分を見てくれない「アイドルファン」どもに「NO!」を突きつけたという事になる。そりゃあ夢だった「武道館」のステージに立っても客席を埋め尽くすほぼ全員が「自分を人間として見てくれていない」という朝井理論に基いた「アイドルを消費する」だけの連中ばかりなら、そんな周り敵だらけのステージにわざわざ立つ馬鹿いないってーのと。こういうことになっちゃう。

「あやちょ」が言うように「日々の自由を犠牲にして」までも、それでも立ちたいと思うステージってのは、そのステージを見守る者たちが「敵」ではなく「味方」だからこそ成立するもんなんじゃないでしょうか。

つんくボーイは「普通、アイドル10年やってられないでしょ!?」の歌詞の中で「アイドル」であることの大変さを「アイドル」視点から割りと自嘲気味に描いているわけですが、それでもなお「アイドル」としてステージに立ち続けられたのは何故なのか?という部分についてはこんな風に解釈しています。

それでもやっぱ歌えば官軍

これでよかったと感極まって涙しちゃう

やっぱり アイドル I love it ! 

だからこそこうなのだと。

土日も全部ささげてきたよ

好きなことだって仕事となれば別腹だよ

 それでも アイドル I love it !

 「愛子」のように「歌って踊ることが大好き」だった者たちがいつの日か「好きなことだって仕事となれば別腹だよ」という壁にぶち当たって、そこで思い悩み選択を迫られる。いくら人気や才能に恵まれていようとも「人並な普通の青春」に価値を見出して「アイドル」である事をアッサリ辞めてしまう者だっている。それを止める権利など誰にもありません。そして、その選択が間違っているとも思いません。

むしろ「人並な普通の青春」に背を向けてまでステージに立とうとする者たちに対してリスペクトこそすれ「誰かにやらされている」なんて発想が起こるわけがありません。あんな「つばきファクトリー」の山岸理子みたいな一見おっとりとした大人しそうな、いかにも誰かに無理やりアイドルをやらされてそうな子が、実際は内なる闘志メラメラで自ら茨の道を選択するような「変わり者」だという所に「りこりこヲタ」は感動し興奮するんでしょうよ。このファンが上から目線で言いたい放題で、自分の意志を持たせてもらえない「アイドルが可哀想」というドラマ「武道館」における「アイドル観」がどこから生まれてしまったのかという所に逆に興味が湧く展開です。

 つんくボーイは「めざましテレビ」の取材でドラマ「武道館」で描かれているアイドルの世界は本当に「リアル」なのかという軽部さんからの質問に対してこう答えています。

あのリアルなんですけど、かなりデフォルメされてるかなぁ

台湾で食べる和食屋さんみたいな

何がしかの違和感を残すという意味において「つんく」も上手いこと例えているわけですが、ネット時代の「アイドル」をネットによる情報に基いてアレコレ考察しすぎたがゆえに生まれちゃったもうひとつのアイドルみたいな。実際に和食を食ったことがない外国のシェフがネットによる情報だけで作っちゃった和食みたいな。

ドラマ「武道館」でも度々登場した例の「名無し募集中。。。」によるネットへの書込みってのは清濁入り混じったもので何が嘘で何が本当かなんて一見分からないような世界です。でも、そんな泥水の中に、ごくまれに砂金のごときキラリと光る書込みがあったりもする。そんな書込みを誰に指示されるわけでもなく拾い集めて「狼ナイスレス」と名づけられたフォルダに保存しているのですが、この武道館という物語を見ていてこんな書込みを思い出しました。

時期はドラマ「武道館」で架空のアイドルグループ「NEXT YOU」を演じた「Juice=Juice」が結成されてまだ間がない頃。狼板「Juice=Juice総合」スレッドでの何気ない会話。「ちゃんさん」とは勿論この3年後にドラマで主役「日高愛子」を演じることになる我らが宮本佳林ちゃんの事です。

809 :名無し募集中。。。:2013/03/25(月) 22:43:53.54 0
ちゃんさんはよく研修生辞めなかったと思うよ
努力が報われてよかった

813 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2013/03/25(月) 22:47:46.13 0
長い間研修生でやってきてやっとメジャーデビューして調子よく売れてたのにやめてしまうさきちぃとかゆうかりんもいるからなあ
とくにゆうかりんなんてハロプロの中でも愛理や鞘師と並んでトップクラスに推されてたのに
メジャーデビューできれば幸せってわけでもないんだろうな

 816 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2013/03/25(月) 22:49:26.29 0
>>813
アイドルが自分の夢でしかない子は続かないんだと思うよ
アイドルがみんなの夢で自分がそれなんだって気付かないと

 まだまだ終わりそうもないので一旦ここで切ります。ちょっと長すぎるようにも思いますが色々言いたいことが湯水のごとく溢れてくるのです。だけどこれだけはわかってください!

ヲタクが変なふうに描かれている事にプンプンしているから書いているわけでは 無いということを。

ドラマ「武道館」が僕たちに教えてくれた事 (上)

少し前の話になりますが、アイドル周辺にまつわるデリケートかつタイムリーな問題に鋭く切り込んだ話題作、テレビドラマ「武道館」が最終話を迎えました。

あの宮崎さん率いる「Juice=Juice」の面々が架空のアイドルグループ「NEXT YOU」に扮し地上波の連続ドラマで大活躍という「中さきちゃんがテレビにうつってるんです!」クラスのサプライズ案件に「あーだこーだ」毎週文句を言いながらもBSスカパー版含め全8話ガッチリ余すところ無く堪能してしまいました。世間的には「もうひとつのJリーグ」以上「俺達のオーレ」未満といった評価に落ち着きつつありますが、主人公「愛子」役を「ラブシーン上等」の体当たりで演じきった宮本佳林など少なからず見所もありました。そして物語のテーマがテーマだけに思うところもありました。その辺りをチョットだけ書いてみようかしらと思った次第です。

「武道館」の終わり方

あらためて最終話をザッと振り返って見ましょう。「恋人」と「アイドル」どちらを取るか、その選択を迫られていた愛子。武道館前で待つ「あおい」以外のNEXTYOUメンバーのもとにスローモーション映像でやってくる愛子。約束通り武道館前に来てくれた愛子を見て安堵の表情を浮かべる「あおい」以外のNEXTYOUメンバーたち。愛子が「あおい」以外のNEXTYOUメンバーに何かを語りかけようとしたその瞬間「12年後」というテロップとともに場面は一転し、見覚えのある例の高級マンションの一室。

すっかりお爺ちゃん化したカリスマブロガー「ハカセ」こと六角精児が見つめる高性能デスクトップPCのディスプレイには「NEXTYOU13期候補生大募集!!」の文字とともに「おへその国」から飛び出してきたような、どこか見覚えのある5人の少女たち。どうやらセンター「おのみず」*1率いる「12年後」のNEXTYOUメンバーのようです。そして世界規模での活躍を暗示させる「ワールドツアー’28」の文字が。これまた随分と景気の良い話ですね。

【13期候補生募集について】と題された例の敏腕カリスマプロデューサー氏のコメントを読みながら、高性能デスクトップPCの前で「そうだよなあ」なんて感慨深けに頷く六角さん。そこにはこんな文章が書かれている。

昔は、恋愛くらいでアイドルは卒業を迫られたんですよ(笑)今はそんなこと全然考えられませんね。

「12年後」恐るべしです。何だか2chの「ジジイが昭和を懐かしむスレ」的なやつで「昔は電車の中で普通にタバコが吸えてたんだよwww今じゃそんなん考えられんわなwwwww」くらいの乗りです。それに対して六角さんも「そんなふうに考えていた時期が俺にもありました」然とした追憶のリアクション。おもむろに12年前の「ネクステフォルダ」から動画を引っ張り出してきてダブルクリックをキメる六角さん。そして流れる「愛子の謝罪動画」…。

物語のオチとしては、この動画が世間で大きな反響を呼ぶらしく「愛子の涙」は多くの人たちの心を動かし、来るべき近未来「アイドルの価値観」に大変革をもたらす端緒となった風を匂わせつつ足早にドラマは終わります。六角さんと宮本さんの熱演もあり、力技的に何か「ホロリ」とさせられてしまった部分もありましたが、結局のところ愛子と碧は「恋人」を選んで「武道館」の舞台には立てなかったけれど、その歌とダンスは我々の心に深く刻まれていると。こういう事らしいです。

原作小説だと「アイドルの価値観」が大きく変わった数年後、女優への転身を果たした「碧」と、大地と結婚して普通の専業主婦になっていた「愛子」の二人がNEXTYOUのオリジナルメンバーとして「同窓会」なるイベントに招待されるという流れから、そこで初めて武道館の舞台に立ったとか立たなかったとかみたいな後日談があるらしいのですが、ドラマだとフォロー的な部分を織り込むわけでもなくバッサリとここで終わっちゃう。BSスカパー版だと矢口真里さんと辻希美さんによるアチラコチラで散々こすり倒してきたような現役当時の裏話的エピソードトークお茶を濁すというバッドなエンディングが待っています。

あえて「アイドルスキャンダル界の重鎮」的位置づけにある先輩を執拗にキャスティングしてくるあたりの演出意図というか「フジテレビ」なりの思惑がイケてるのかズレてるのかは一先ず置いとくとして、この作品を通して作者が伝えたかった事ってのは、つまり「アイドルだって恋愛したっていいじゃない、だって人間だもの」と簡単に言ってしまえばこういう事なんでしょう。まったくもって正論です、ぐうの音も出ません。本来あるべき人間として当たり前の欲求に抗って「ファン」や「事務所」からいびつな要望を突き付けられる不条理な現代のアイドル事情に一石を投じるべく何だかわからない使命感に駆られて描かれた志高き作品と見ましたよ俺は。悲劇のヒロインである本編の主人公「愛子」は謝罪動画という十字架にかけられ「アイドル」の世界を追われてしまう。人間として当たり前の欲望に素直すぎたがゆえに起こった悲しき結末です。そんな愛子を見て可哀想と感じるのも無理はないでしょう。しかしながら、それでもなお、だからこそ、あえてこう言いたい。

「一番かわいそうなのは今も愛子のことを思いながらスヤスヤ寝てる愛子ヲタ」であると。

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つんくボーイの朝井評

「武道館」原作者の朝井リョウ氏はかねてから大の「つんく信者」を標榜しており、それに呼応する形で原作本の帯には「つんく本人」からのこのような「朝井評」が記されています。

アイドルって作るものでなく、楽しむものである方が良いに決まってる。
なのに、著者はこうやってアイドルを生み出す側にチャレンジした。
それも文学の世界で……。なんたる野望。なんたるマニアック。なんたる妄想力

 

つんく♂/音楽家、エンターテインメントプロデューサー)

この言葉をどう捉えるか。人並み外れた「妄想力」でもって本作を書き上げた朝井氏の作家としての力量、その野心的な創作意欲は認めつつも、そもそも「アイドル」を文学の題材にするのは「マニアック」であり「チャレンジャー」と言える行為なんじゃないの?という懐疑的なニュアンスが少なからず含まれているように思うわけです。もちろん「つんく本人」の真意はわかりませんよ。勝手にそう解釈しているだけです。というか俺はそう思うわけです。何故なのか。

そりゃ人間が考えた「物語」なんかが現実を超えることなど絶対にあり得ないのが「アイドル」というジャンルだど確信してるからです。12年とは言わないまでも3年も見てりゃ何となく分かることです。余程トップエールのアプガのインタビュー読んでる方が面白いわけで。始めから「アイドルがテーマの小説なんて無粋の極みじゃん。」くらいに思っていたフシすらある。

朝井氏が語るアイドル観と浅倉樹々のヘアアレンジ

それでもなお、あえてそこに挑んだのが気鋭の若手小説家である朝井氏なわけです。「武道館」に関する朝井氏のインタビュー(web上で読めるやつ)なんかを読んでいくと革新的な「アイドル観」を持つ色々と面白い人物であることも分かってきました。

何が面白いって清々しいまでに彼の意見には同感出来なかった。批判というわけでなく自分と全く違う「アイドル観」にふれて新鮮な驚きがあったのです。まず「アイドル観」はともかく「アイドルファン観」と言うか彼の考える「ヲタク像」みたいなものに酷く現実とのズレを感じてしまいました。というかネットで好き放題書き散らかしている「名無し募集中。。。」みたいな物の中に「アイドルファン」の幻影を見てしまっているように感じたのです。「なんで彼氏がいたら怒るんだろう?」「何でブランドのカバンを使ってるだけで怒るんだろう」ヲタクはアイドルが人間っぽい事をしたら凄く怒ると主張する彼は、自身が影響を受けたというテレビ番組「ASAYAN」を引き合いに出してこう訴えるわけです。

中澤裕子さんがオーディションを受けていたとき、「昼間はOLの仕事、そして退勤後は夜の仕事もしていた」とナレーションが入ったりして。きっとこれ、今だったらアイドルファンから叩かれますよね。「夜の仕事をしていた人がアイドルなんて!」って。

中澤裕子が参加したのはそもそも「アイドル」のオーディションではなかったわけですが。仮にそうだったとして当時であろうが今であろうが叩く人は叩くし、アイドルファンであろうがなかろうが叩く人は叩くわけで、なんとなく「アイドルファン」を「得体のしれないモンスター」みたく特別な存在に祭り上げちゃっているふしがある。というか「アイドルファン」にも温厚な奴もいりゃあ血気盛んな奴もいるだろうに人間をジャンルに分けてかっちり分類しようとし過ぎだし。あとブランドのカバンで怒ってたやつ出てこいよ!

こちらのインタビューでは、そんな朝井氏の「アイドル観」みたいなものが割りとストレートに語られており非常に興味深いものになっています。

朝井:ぼく個人としては、アイドルが恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもいいんですよね。それはどういうスタンスでアイドルを見ているかにもよると思うんですけど、ぼくが典型的なスキル厨(註:歌やダンスのスキルやクオリティーを重視するファンのこと)だからなのかも(笑い)。おださく(註:モーニング娘。’16小田さくら。歌唱力や表現力に定評がある)が大好きで。多分、おださくが好きな人は、「恋愛禁止」ということにあんまり興味がないような気がしていて。

 それは結局アイドルに何を求めるかっていう話なんだと思います。ぼくの場合は、自分の人生の何か足りないところをアイドルに満たしてもらおうとはあまり考えていないので、アイドルが恋愛しているかどうかはあんまり関係ない。ただ素晴らしいパフォーマンスが見られればそれでいい、という考え方なんですよ。

要約すると 大体こんな感じになります。

ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよー。いや~参ったなあ「アイドル好き」とか言っちゃうと、どうしてもこう「アイドルヲタク」ってか「お前も好きだねー」なんて馬鹿にされちゃうんスよねー。違うんスよ、そうじゃなくて、僕なんかの場合「可愛い」とか「幼い」とか「マシュマロボディ」とか唯一神がどうとか、そういうのホント興味ないんスよ。そういう目線では一切見てませんもん。

やっぱこう何つっても「つんくさん」の曲がまず素晴らしい。特に彼の書く歌詞が良いんですよ。つんくさんは常々「アイドルに曲を作ってるつもりはない」とおっしゃられてる方ですからね。恋愛の曲もバンバン書いてるわけで。もちろん「地球の平和をを本気で願ってる」的な曲もあったりするんだけど。でも基本「恋愛OK」な考え方だと思うんスよ彼は。口に出して言わないまでも本音の部分じゃきっと。

なんかアイドルは「恋愛禁止じゃなきゃダメだー!」「ブランドのカバンとか持っちゃいけないんだぞー!」みたいな気持ちの悪い発想あるじゃないすか「アイドルオタク」の、あれとか全く理解出来ないっスもん。そもそも恋愛を犠牲にすればアイドルはより輝くとかあり得ないっての。自分の満たされない境遇を棚に上げてアイドルにアレするなコレするなって「アレコレしたい!」に決まっとるだろうが普通の人間なんだから「アイドル」なんてしょせん。「自分の人生の何か足りないところをアイドルに満たしてもらおう」なんて、なに図々しいこと考えてんだよアイドルヲタクの分際でとね。

まあ僕なんかは典型的なパフォーマンス重視のスキル厨ですから。アイドルが恋愛しようがアレコレしようが一向に構わない。「アイドルの恋愛」とかビックリするくらいどうでもいい事にビックリしましたもん先週。だから、あんま関係無いッスよ僕にとって。ただパフォーマンスが素晴らしけりゃそれで良いんですから。スタンスが全く違いますからその辺のヲタクたちとは。

えっ!?「ハロステ!」ですか。もちろん見ますよ「ハロプロファン」ですから。やっぱパフォーマンス重視のスキル厨としてはモーニング娘。’16の新曲が気になりました。新曲の「The Vision」の振付はバレエの要素が入ってますから、どうしてもバレエ経験者を自然と目で追っちゃいますよね。なんつーか、この辺スキル厨の悲しい性というか。あとジュースさんの「愛のダイビング」のパフォーマンスが素晴らしい。歌唱スキルも高くてユニゾンの綺麗さもハロプロ随一のクオリティーだし。それに何と言っても「ゆかにゃ」が可愛いらしい。いや宮崎さんのアザ可愛いらしさを演出するスキルがね。コレ最高なんすよ。

ヘアアレンジのコーナーですか?まあザッと流す程度には一応チェックしますよ。でも見たり見なかったりかな~。今回つばきの子ですか、これは見ましたよね。

何か「不器用な子にも朝時間のない子にも出来るヘアアレンジ」らしいんですけど。これ浅倉さんが前回出た時に「サッと出来るお団子ヘア」とか言って全然サッと出来てなかったんですよ。おまけに仕上がりも後れ毛がモサモサになっちゃってて。何か不器用そうな子だなー、可愛らしいなーと、あのスキル的な文脈でね。でっ、それを踏まえて今回が「不器用な子にも出来るヘアアレンジ」だったもんだから、ハッ!そう来たかと。思っちゃいますよねー。というか実際「そう来たか!」って声に出してハッキリ言いましたもん。

そんで「ききちゃん」がこう一生懸命説明しながら色々やるんだけど、まだ素人っぽさというか小慣れてない感じがあって、カメラを見つめる視線に恥じらいが残ってたりするんスよ。そこに感動しちゃうんだよなー。あと櫛のことを「コーム」とか呼んじゃって。何ですか「コーム」って。今時の若い子は櫛のことを「コーム」って言うんですかね。ああいうの勉強になるわー。

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あっもういいですか。長いですか。「結構がっちり見てるじゃん」って……。やだな~僕はあくまで「アイドルヲタク」なんざこんな感じでニヤニヤしながら見てるんだろうとね。こう鳥瞰的視点でもってどうしても見てしまうわけですよスタンス的に。どうせお前らこんなんだろうと。まず「アイドル」が可愛いとかデレデレニヤニヤした方向性でやってませんもん。僕は典型的スキル厨だぞ!おりゃ!

だいたい可愛いから応援するとか、そんなのはパフォーマンス重視のスキル厨からすれば悪魔の思想ですよ。可愛いとか可愛くないとかで「アイドル」を推し量るなんて「アイドルヲタク」の行動心理にほかなりません。

その点、僕レベルになるとそういうの完全に度外視して「小田さくら推し」でやらせてもらってますから。おださく好きって「恋愛禁止」とかに興味ないでしょ。あいつら全員「典型的パフォーマンス重視のスキル厨」っしょどうせ。

じゃ今から向かいますんで。あの「インゲン」と「豚肉」は買っとくんで、先輩は「辛子醤油」だけ用意しといてくださいね。はい、よろしくお願いしまーす。はーい、それじゃ、はーい、ちーす。ちーーーす。

 まず、朝井氏に謝っておきます。要約したつもりがシドニーシェルダンばりの超訳になってしまいました。

※ひさしぶりに書いたら勘がもどらずに「ジャーマンプログレ」ばりの長尺になってしまいました。後で読み返す時に面倒なので大変遺憾ながら一旦ここで切ります。こんな所で切るなよって話ですが。

すぐに書きますんで、そこに座って待ってて下さい。