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guchu guchu pay

使命感的な何かが湧き上がってきたら更新するブログ

ドラマ「武道館」が僕たちに教えてくれた事 (中)

ネット時代を生きるアイドルの裏側を「リアル」に描いたとされるドラマ「武道館」でしたが、物語は最後の最後で「リアル」を飛び越えてしまい、近未来に訪れるであろう「アイドルの価値観」が大変貌を遂げた世界という壮大な「ファンタジー」によって幕を閉じます。まさにこの「ファンタジー」の部分こそが製作者サイドが僕たちに伝えたかった重要なメッセージだったんじゃなかろうかと、このように考えるわけですね。

ドラマ「武道館」が僕たちに教えてくれた事 (上) - guchu guchu pay からの続きになります。

アイドルの価値観が大きく変わったという「12年後」の世界。その事を暗示するのは「NEXT YOU」公式ホームページ上に書かれた例の天才カリスマプロデューサー氏からのメッセージ。

昔は、恋愛くらいでアイドルは卒業を迫られたんですよ(笑)今はそんなこと全然考えられませんね。

 ドラマ「武道館」では、まさに「愛子」と「碧」の2人が恋愛沙汰をスッパ抜かれたことにより武道館公演を目前にしてグループからの脱退を迫られてしまう。そんな考えもう古い、もうダサいとばかりに鼻息荒く主張するのが我らが朝井先生なのです。

朝井:ぼく個人としては、アイドルが恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもいいんですよね。それはどういうスタンスでアイドルを見ているかにもよると思うんですけど、ぼくが典型的なスキル厨(註:歌やダンスのスキルやクオリティーを重視するファンのこと)だからなのかも(笑い)。おださく(註:モーニング娘。’16小田さくら。歌唱力や表現力に定評がある)が大好きで。多分、おださくが好きな人は、「恋愛禁止」ということにあんまり興味がないような気がしていて。
 それは結局アイドルに何を求めるかっていう話なんだと思います。ぼくの場合は、自分の人生の何か足りないところをアイドルに満たしてもらおうとはあまり考えていないので、アイドルが恋愛しているかどうかはあんまり関係ない。ただ素晴らしいパフォーマンスが見られればそれでいい、という考え方なんですよ。

前回と重複してしまいますが、ここはゼッタイに外せない重要な箇所なので「重複致し方無し」の方向性でやらせさせてもらってます。

朝井氏の理論武装

世に言う「キモヲタ」と距離を置き、自らを典型的スキル厨であると主張する朝井氏の言い分が、譜久村聖ちゃん言うところの「聖そういうのじゃないもん……」的なやつなのかどうなのかは意見の分かれるところですが、つまり「アイドルのパフォーマンス」を重視してる僕のような「典型的スキル厨」は「アイドルの恋愛禁止」とかには興味が無いし「ただ素晴らしいパフォーマンスが見られれば」別にアイドルが恋愛してようがどうでもいい。しかし「アイドルに自分の人生の何か足りない部分を満たしてもらおう」とか考えてる連中はそうでなく「アイドルは恋愛するな」「ブランド品のバックは持つな」「アレするなコレするな」と主張ばかりしてアイドルを縛り付けている。コレ由々しき問題ですよ!といった持論を展開しておるわけです。人がどんな「アイドル観」を持っていようが自由だし、そんなもん違っていて当たり前だし、基本どうでもいいのですが。

 おださくが好きな人は、「恋愛禁止」ということにあんまり興味がないような気がしていて。

この小田ちゃんのくだりはいただけません。コレ由々しき問題です。これはもう単なる「テメーの女の好み」の問題にすり替わってしまっています。ルックスの好みは十人十色「ハロヲタ」ならば尚の事でしょう。そんなもん主観によるだろうとね。しかし、この主観こそが「アイドルの恋愛」に対する「ファンサイド」からの答えそのものなんじゃないかという事を図らずも朝井氏自ら証明してしまっているようにも思うわけです。

ここで朝井氏は「小田さくらは歌唱力や表現力に定評があるメンバー」だから「アイドルを見るスタンスがパフォーマンス重視の典型的スキル厨」である「小田ちゃん好き」の僕たちにとって「アイドルが恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもいい」と強引に結論づけてしまっている。もはや日本のどこかで小田ちゃんを見て性に目覚めちゃった小学生男子(高学年)がいるかも知れないという可能性すら完全否定です。これってつまり朝井氏が「小田ちゃんが恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもいい」というだけの話であって、アイドル全般の話にするから何かおかしな事になる。

たとえ「アイドル」であっても、それが「ハロプロメンバー」であっても自分にとって取り立てて関心がなければ、それが誰であろうとも「ビックリするくらいどうでもいい」事だし「まあ冷静な俺たち」でいられるわけです。

おださくが好きな人は、「恋愛禁止」ということにあんまり興味がないような気がしていて。

じゃあ誰が好きなら「恋愛禁止」に物凄く興味があるというのですか。その辺りのデリケートな部分に無頓着でいられなくなっている「恋愛していようがいまいがビックリするくらいどうでもよくない!」のは誰のファンだというのでしょう。小田ちゃんならどうでもいいけど誰ちゃんだったらどうでも良くないんだよ!!

言いましょうか。ズバリ当ててみましょうか。

 それは森戸知沙希ちゃんです!

そうです。稲場っちょ言うところの「ちーたん」梁川やなみん言うところの「もぎとさん」すなわち、あのカントリー・ガールズ森戸知沙希さんです。 違いますか!おそらく図星でしょう。手元の資料を調べたところ小田ちゃんのビジュアルイメージの対極に位置するのが森戸ちゃんという事になっています。コレ間違いない。何と言っても今一番「アイドルオーラ」全開でこの世に生息しているのが森戸ちゃんなのです。もう何をやっても可愛らしい事になってしまうという「可愛さのスーパーリーチ状態」ですからね森戸ちゃんは。 マリオカートでスター取って点滅している時のアレみたいな状態じゃないですか。いやーお察しします、森戸ちぃちゃん可愛っすもんね~朝井先生。

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ドラマ「武道館」の中のアイドル

いくらなんでも決め付けはいけません。森戸ちゃんがアイドルオーラ全開でこの世に生息しているのが例え事実であったとしてもです。話を本題に戻しましょう。

アイドルと一括りにするには余りにも「アイドル」が多すぎる時代。高校野球で甲子園を目指してるやつも、地方予選でまず1勝する事が目標のやつも「高校球児」には変わりないわけで、第一志望が「筑波大学」であろうが「つくば国際大学」であろうが「受験生」に違いないのごとしです。つまり「アイドル」と一括りするには「アイドル」が多種多様な形態に増殖しすぎてとらえどころがなくなってしまっている。ハッキリ言って「名乗ったもん勝ち」みたいな状態ですからね今。そんな時代を評して「つんくボーイ氏」はBerryz工房の楽曲普通、アイドル10年やってらんないでしょ!?の冒頭の歌詞でこのように言い放っています。

www.youtube.com

猫だって杓子だって

名刺を作れば即アイドル

世界でもまれに見る

特殊な職業Jアイドル

  この後に続く歌詞には「アイドル」である事の大変さと、それでも10年以上に渡って「アイドル」を続けてきたBerryz工房へのリスペクトとともに、プロデューサーの立場から長年アイドルを見守ってきた「つんくボーイ氏」なりのアイドル観みたいなものが散りばめられています。

簡単そうに見えちゃう職業

バイト感覚じゃ続かないから

土日も全部ささげてきたよ

好きなことだって仕事となれば別腹だよ

何も恋愛禁止がどうたらとか「アイドル」がらみで取り上げられがちなキャッチーな話題だけでなく、プロとして活動していく以上どうしても「普通の若者」にとって当たり前と思われる事すらままならなくなってしまうという状況も生まれてくる。

℃-uteがメジャーデビューで忙しくなった時期と重なり「修学旅行」に行けなかったという岡井千聖。「Berryz工房」のコンサートと日程が重なり泣く泣く第一志望だった大学の受験を諦めたという嗣永桃子。「仕事」と「学業」を両立出来るほど器用なタイプではないと悩んだ末に進学を諦めた真野恵里菜矢島舞美。これらは氷山の一角に過ぎないのでしょう。

そして一生に一度きりの「成人式」がハロコンとバッティングしてしまった「アンジュルム」のリーダー和田彩花は自身のBLOGで「成人式に行けなかったことは、、生涯、根に持ち続けます。笑」と事務所批判ギリギリアウトの勢いで思いの丈をぶちまけました。

その文面からは悔しさが(念入りVr.で)ほとばしっています。朝井氏が思い描くドラマ「武道館」の世界ならばアイドルを消費するヲタクたちから「アイドルは人間じゃないんだから当然だ!」なんて鬼のような反応が浴びせかけられるのでしょうが、実際はそんな事などありません。例えアンジュルム目当てでハロコンに来たような層であったとしても、むしろ「あやちょ」個人のファンならば尚の事「いやこれ…行かしたってやれよ…」と心を痛めたのではないでしょうか。しかし、それでも彼女はステージに立つことを選択しました。そしてまた後輩たちには同じ悔しさを味わってほしくないという思いをこのように書き綴っているのです。

このお仕事してると周りの方に、
成人式などの行事に行けない、それが普通だなんて、よく言われます。でも、それが普通だなんて、誰が決めたんだろう。って私は思います!それが普通っていう言葉通りに、私たちは、人生でもたった一回の、成人式を犠牲にするわけです。
人生一度きりなのにー。


私は、日々の自由を取り返したいわけではありません!それは、犠牲にしています。
でも、、人生たった一回の成人式まで犠牲にしなくていいと思うんです!


だから、この状況が少しでも変わればいいな。って思います。二期、三期のみんなが成人になって、成人式に出られるような環境になればいいな!


ただそれだけです(^^)

 

バイバイ

この「あやちょ」渾身のBLOGが読む人すべての心を動かし、アップフロント山﨑会長の心までをも動かし、来るべき12年後アンジュルム13期候補生大募集!!」と題されたホームページ上で若い頃の染髪や奇抜なヘアスタイルの影響からかスッカリ禿げ上がった「つんくボーイ氏」によるこんなメッセージが。

昔は、ハロコンくらいでアイドルは成人式に参加出来なかったんですよ(笑)今はそんなこと全然考えられませんね。

 と、なっているかどうかは仏様のみぞ知るところですが。

人生たった一回の成人式まで犠牲にして「ハロコン」のステージに立った和田彩花と「武道館」のステージに立つ事無く「NEXT YOU」を脱退した日高愛子にどのような違いがあったのか。誰の為に、何のために「アイドル」としてステージに立つのかという部分に決定的な違いがあると感じるのです。愛子は「謝罪会見」の冒頭で自分が何故「アイドル」になったのかを話しています。

小さい頃から歌って踊ることが大好きで「アイドル」になりました。

たくさんの人の前で歌ったり踊ったりするのは本当に楽しかった。

けど、段々してはいけない事が増えてきて

誰かの頭のなかの自分を生きてるような…、そんな気がしてきたんです。

それは私のなりたい私じゃなかった。

 で、この後にこう続くのですが、

そんな時私の事を好きって言ってくれる人の気持ちにだけ答えたいって思っちゃったんです。
ごめんなさい、武道館のステージに立つ前に私はアイドルではなくなってしまったみたいです。

 ドラマではその辺の描き方が甘すぎて分かりづらくなっているものの「大地」うんぬん以前の問題としてすでに愛子自身が「アイドル」である事の意味を見失っているんですね。自分が成りたかった「アイドル」ではなく、誰かが頭に思い描いた「アイドル」を演じさせられていると感じてしまっている。「アイドル」をやらされてるという思いに駆られている。じゃあ「誰」の頭の中に描かれた「アイドル」をやらされてるのか。

原作者の朝井氏は現代のアイドルが置かれている「ある種異常な現状」に警鐘を鳴らすべく「武道館」を書き上げたと訴えます。

アイドルを取り巻く価値観は動き続けていると感じます。握手会で会えるアイドルが最終形態ではなく、きっとこれからも変わっていく。その前に、ある種異常な現状を書きとめておきたいという気持ちはありました。それに、今後価値観が変わっていくなら、アイドル=人間だという価値観に辿り着いてほしいなと思うんです。今は消費者側がどんどんワガママになっていて、アイドルに対して、「かわいくいろ、若くいろ、だけど恋愛をするな」「たくさん歌え、踊れ、訓練しろ、ただ疲れても食べるな太るな」といった、人間には両立できない要求を突きつけているんですよ。「人間」にはできないだろう、だけどお前は「アイドル」だからできるよな? と。この本の大部分は、そうしたアイドルを消費する人たちに向けて書いているとも言えますね。

原作者から見た「アイドルの現状」ってのはこうらしいです。今アイドル界ではこんな「昭和の総会屋」みたいなヲタクが跋扈して「アイドル」を肉ラジコンのごとく操っている「リアル」が存在しているというのでしょうか。ほぼ「ハロプロ」周辺をチェックするだけで手一杯になっているとはいえ俺にはそうは見えません。「アイドル」がロボットなんて昭和時代の話でしょうに。

つまり「愛子」は人間として自分を見てくれない「アイドルファン」どもに「NO!」を突きつけたという事になる。そりゃあ夢だった「武道館」のステージに立っても客席を埋め尽くすほぼ全員が「自分を人間として見てくれていない」という朝井理論に基いた「アイドルを消費する」だけの連中ばかりなら、そんな周り敵だらけのステージにわざわざ立つ馬鹿いないってーのと。こういうことになっちゃう。

「あやちょ」が言うように「日々の自由を犠牲にして」までも、それでも立ちたいと思うステージってのは、そのステージを見守る者たちが「敵」ではなく「味方」だからこそ成立するもんなんじゃないでしょうか。

つんくボーイは「普通、アイドル10年やってられないでしょ!?」の歌詞の中で「アイドル」であることの大変さを「アイドル」視点から割りと自嘲気味に描いているわけですが、それでもなお「アイドル」としてステージに立ち続けられたのは何故なのか?という部分についてはこんな風に解釈しています。

それでもやっぱ歌えば官軍

これでよかったと感極まって涙しちゃう

やっぱり アイドル I love it ! 

だからこそこうなのだと。

土日も全部ささげてきたよ

好きなことだって仕事となれば別腹だよ

 それでも アイドル I love it !

 「愛子」のように「歌って踊ることが大好き」だった者たちがいつの日か「好きなことだって仕事となれば別腹だよ」という壁にぶち当たって、そこで思い悩み選択を迫られる。いくら人気や才能に恵まれていようとも「人並な普通の青春」に価値を見出して「アイドル」である事をアッサリ辞めてしまう者だっている。それを止める権利など誰にもありません。そして、その選択が間違っているとも思いません。

むしろ「人並な普通の青春」に背を向けてまでステージに立とうとする者たちに対してリスペクトこそすれ「誰かにやらされている」なんて発想が起こるわけがありません。あんな「つばきファクトリー」の山岸理子みたいな一見おっとりとした大人しそうな、いかにも誰かに無理やりアイドルをやらされてそうな子が、実際は内なる闘志メラメラで自ら茨の道を選択するような「変わり者」だという所に「りこりこヲタ」は感動し興奮するんでしょうよ。このファンが上から目線で言いたい放題で、自分の意志を持たせてもらえない「アイドルが可哀想」というドラマ「武道館」における「アイドル観」がどこから生まれてしまったのかという所に逆に興味が湧く展開です。

 つんくボーイは「めざましテレビ」の取材でドラマ「武道館」で描かれているアイドルの世界は本当に「リアル」なのかという軽部さんからの質問に対してこう答えています。

あのリアルなんですけど、かなりデフォルメされてるかなぁ

台湾で食べる和食屋さんみたいな

何がしかの違和感を残すという意味において「つんく」も上手いこと例えているわけですが、ネット時代の「アイドル」をネットによる情報に基いてアレコレ考察しすぎたがゆえに生まれちゃったもうひとつのアイドルみたいな。実際に和食を食ったことがない外国のシェフがネットによる情報だけで作っちゃった和食みたいな。

ドラマ「武道館」でも度々登場した例の「名無し募集中。。。」によるネットへの書込みってのは清濁入り混じったもので何が嘘で何が本当かなんて一見分からないような世界です。でも、そんな泥水の中に、ごくまれに砂金のごときキラリと光る書込みがあったりもする。そんな書込みを誰に指示されるわけでもなく拾い集めて「狼ナイスレス」と名づけられたフォルダに保存しているのですが、この武道館という物語を見ていてこんな書込みを思い出しました。

時期はドラマ「武道館」で架空のアイドルグループ「NEXT YOU」を演じた「Juice=Juice」が結成されてまだ間がない頃。狼板「Juice=Juice総合」スレッドでの何気ない会話。「ちゃんさん」とは勿論この3年後にドラマで主役「日高愛子」を演じることになる我らが宮本佳林ちゃんの事です。

809 :名無し募集中。。。:2013/03/25(月) 22:43:53.54 0
ちゃんさんはよく研修生辞めなかったと思うよ
努力が報われてよかった

813 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2013/03/25(月) 22:47:46.13 0
長い間研修生でやってきてやっとメジャーデビューして調子よく売れてたのにやめてしまうさきちぃとかゆうかりんもいるからなあ
とくにゆうかりんなんてハロプロの中でも愛理や鞘師と並んでトップクラスに推されてたのに
メジャーデビューできれば幸せってわけでもないんだろうな

 816 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2013/03/25(月) 22:49:26.29 0
>>813
アイドルが自分の夢でしかない子は続かないんだと思うよ
アイドルがみんなの夢で自分がそれなんだって気付かないと

 まだまだ終わりそうもないので一旦ここで切ります。ちょっと長すぎるようにも思いますが色々言いたいことが湯水のごとく溢れてくるのです。だけどこれだけはわかってください!

ヲタクが変なふうに描かれている事にプンプンしているから書いているわけでは 無いということを。